Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “追儺の豆”
 

 

 昔の暦と今のカレンダーには、1カ月と半ほどのズレがあるというお話は、このシリーズの中でも…例えば一昨年の暮れなんぞに取り上げておりまして。その傳で言うと、陰陽暦を使っていた江戸時代までは、節分や立春というのは、今の三月半ば頃。多少は“寒の戻り”もあったでしょうが、それでも現在の二月の頭に比べれば、十分に“春”と呼んでいい、暖かい頃合いだった訳でして。それから少しして“初午”という行事がある。これもどこぞかで紹介しましたが、日本全国、どこででも祠があって祀られている、お稲荷さんのお祭りで。これもまた、本来はすっかりと春めいた陽気の中、梅の緋色の花霞の下、菜の花の暖かな黄色の畝が織り成す景色なんぞを眺めつつ。お赤飯だ田楽だという美味しい振る舞いに子供らがはしゃぐ、そんな風物詩であったりするのですが。

 さて、ウチの平安朝のお話は、すみませんが好き勝手に暦を選べる、我儘勝手な進行で行かせていただくことと致します。お正月が今時の1月1日であったように、追儺の儀も、二月の初めということで…。





            ◇



 追儺の儀というのは、今の節分、豆まきの原型とされていて、春を前にし、鬼になぞらえた災厄を追い払ってしまう儀式のこと。ちなみに、平安朝辺りの時代のそれは、大晦日に行われていたらしく。舎人(とねり)を鬼に見立て、選ばれた童子らが桃の弓で葦の矢を放って追い払う。豆をまく形式になったのは室町時代で、立春の前、すなわち“節分”に行うようになったのは江戸時代になってからだそうな。こんだけ調べといて、それでも二月の頭にこだわるって一体…。
(苦笑)

  “何でもいいさ。終わっちまえば、後は野となれだ。”

 宮中から邪気を払いましょうというその儀式は、つまりは神様に関わるものだけに、神祗官という役職の様方にとってはそうそう外せないお仕事だったりし。確かにまま、宮中というところは、人の怨念が生み出した邪気さまざまがこびりついてる場所ではあるが、
“生きてる鬼どもを一気に追い払った方が早いんじゃなかろうかねぇ。”
 すぐまた新しい怨念がやって来ること請け合いなのは、古ダヌキらがのさばっていて腹黒さを競いまくりの発揮しまくってるからじゃねぇのかねと。誰だって判っちゃいるけど口には出せない、そんな現状のほうへと腹の中であかんべをし通して、儀式の監督を務めし神祗官補佐殿。義務は果たしたからとばかり、誰憚ることなく大きく背伸びをしつつ、結構な距離をほてほてと歩いて大門までを辿る。都の一番ど真ん中を貫く大通りに真正面から接しているのは朱雀門で、それは勇壮優美な装飾でも有名だが、大内裏はそりゃあもうもう広いので、他にも13箇所ほど門はある。もしかしなくとも色々と、どこの部署しか出入りしちゃなんねとかいう、厳しい決まり事とかがあるのかもしれないが、そんな瑣末な事を守るような悠長な性格をしていては、蛭魔妖一は務まらない。
(こらこら)
「あ、そこの…。」
 門衛やら衛士やらとしては、それが職務なのだから御定法に従わない向きの人物を見とがめれば、一応の声を掛けはするものの、
「なんだ。」
 今日は正装、面倒な冠をかぶるやら裾から引きずる裾
きょやら、ごしゃごしゃしたものを一杯着付けていて機嫌が悪い、金の髪した殿上人が、金茶の眸でギロリと睨んで来ていることへ気づいた途端に、
「し、失礼つかまつりましたっ!」
 しゃちほこ張っての敬礼を返すほどであり、その役職も勿論のこと物を言っているが、それ以上に、

 『あのお方を怒らせると、悪霊を取り憑かせて報復となさるやもしれない。』

 そんな噂が、下々であるほど実(まこと)しやかに流れてもいるそうで。
“馬鹿馬鹿しい。”
 言っとくがな、そんなことをしようと思ったら、結構な手間暇と労力がかかんだぞ? その場でばっきり殴るか蹴るかした方がよっぽど早いわと、そんな恐ろしいことを嘯
うそぶくほどに、中身は当代きっての乱暴者だってのに。衣紋の中で泳ぐほど華奢な肢体は、それは嫋やかなこと、伝説の、月下にしか咲かぬ花の精霊の如しと謳われ。その玲瓏な佇まいは、正真正銘、粋を解する文化人からすれば、この世の者とも思われぬ美しさであるとかないとか。

 「はっきり言ってサギだよな、それ。」

 それは恐ろしい真実を、それははっきりと言ってのけたは、
「おう、トカゲ野郎。お前が来てたんか。」
 こちらの神祗官補佐様が…此処は彼が使うには少々触りのある門だってのに、来るときも通ったらしき大門の前に。そろそろ帰りだろうと見計らってのこと、迎えの牛車を横づけさせていた人物がおり。お務めご苦労様でしたより先に、先のお言葉を洩らす彼も彼ならば、辺りに人は少なかったとは言え、こんな開けた場所で自分の侍従を捕まえて“トカゲ野郎”と呼んで憚らない、神祗官補佐様も補佐様で。
「珍しいの、お前がわざわざ。」
「しゃあねぇさ。」
 いやに腹が膨れているなとその衣紋を見やったところが、

 「おやかま様〜vv
 「おお。」

 葉柱が着ていた直衣の懐ろの合わせ目を、中からがばちょと押し開き、ひょこりとお顔を出したのが、ふかふかの髪を後ろ頭へ高々と結った、小さな小さな男の子。あの、結界だらけのお屋敷ではないので、その頭とお尻からやわやわな毛並みのお耳や尻尾は出ておらず、どこから見ても、ごく普通の、愛くるしい幼児でしかなかったものの、

 「今日は怖ぉうなかったか?」

 一応、訊いてみた蛭魔へと、
「???」
 何のこと?と、小首を傾げるようだから。あの屋敷を離れ、この大内裏に近づいても、何も怖いものは感知しなかった彼であるらしい。
「…なら良いが。」
 中途半端な物言いをした蛭魔へ、葉柱も小さく目顔で頷いて見せ、
「待ってる間も大人しいもんだ。」
 な? いい子だったよなと念を押せば、
「うっ。くう、いい子してたvv」
 大きく頷き、おやかま様へと短い腕をうんうんと伸ばすので。向かい合ってた侍従殿の懐ろから、ぐぐいと引っこ抜いてこちらへと預かれば、
「おお〜、暖ったかいのお前は。」
「うふぅ〜vv
 おやかま…お館様から重宝がられるのが一番に嬉しいらしい、仔ギツネ坊や。暖かいことを褒められて、それは嬉しそうにはしゃいで見せて、
「ほれほれ、乗ったり乗ったり。」
 蛭魔邸から来た、牛飼いの少年や雑仕の皆様には既に慣れっこな情景だけれど。門衛の方には“…何ですか、こりゃ”という様子に違いなかろう、いきなり人性が変わってしまった神祗官補佐様を、とっとと牛車の御簾の向こうへと押し込んで。ではと、出立させる手際も鮮やか。
「何か憑いたんじゃねぇかなんて噂が流れたらどうしたよ。」
「言いたい奴には言わしとけ。」
 相変わらずの強気なご意見を口にした蛭魔ではあったが、先程葉柱へと送った視線が訊いたのは、実を言うとそれに関わりの深いことでもあって。結界がきちんと張り巡らせてあった蛭魔邸の、しかもめでたくも神聖な新年元旦の朝ぼらけ。だってのに、何にか怯えまくってたくうちゃんで。それが今日は、追儺の儀なんてな儀式が執り行われ、災厄や邪霊を追い出してた内裏だったってのに、至ってけろりとしている不自然さ。

  “おっかしいなぁ。”

 この子がまさかに邪悪な存在で、だから神聖な日が怖くてこんな日は平気なのだというのが、まま、一番分かりやすい仮説ではあるが、
“だったらそもそも、ウチの屋敷には上がれねっての。”
 小さい邪妖は擦り抜けられるレベルの結界だとはいえ、小さき者はそれだけ臆病で過敏でもあるから。蛭魔ほどの能力者には、抜き身の刃みたいな危険を感じて、まず自分からは近づかないもの。それに、
「うふうふ〜vv
 潤みの強い大きな瞳に、ふやふやな頬と小鼻。一丁前にも先の尖った、形の良い…でもここもやわやわな口許。肘や膝という中折れの関節はまだ必要ないんじゃないかというほどに、寸の詰まった腕や脚に、ぎゅむっと抱き締めれば、一見見えはしないがふかふかとした毛並みの齎す暖かさが堪らない、そりゃあ可愛くも人懐っこい仔ギツネくん。
「お前の方がよっぽど、悪い邪妖然って顔だのによ。」
「悪うございましたね。」
 牛車の座席で向かい合い、面と向かって何を言い出すかね、こやつはと。こっちだって同じくらいに心配しているくうのこと、茶化した蛭魔をジロリと睨めば、

 「何も、面倒だからと楽観的でいる訳じゃあないがの。」

 大人が何を話しているのだか、省略もあって一向に判ってはいない当のご本人の頭の上にて。だが、蛭魔は肩をすくめると、

 「何かあっても、俺らが守る。それで良いじゃねぇか。」

 そうと言って、くうの髪をさらりと撫でる。いい子いい子とあやされたと思ったか、うふふぅvvと楽しそうに笑いながら、お館様の懐ろへともぐった坊やの愛らしい仕草へ、
「…まあ、突き詰めりゃそういうことだが。」
 葉柱も毒気を抜かれたか。大きな吐息を一つつき、憂うのは辞め辞めと、その口許へ苦笑を浮かべようとしたところが、

 「…何をしている。」
 「うん。」

 蛭魔の白い手がひたりと、葉柱の頬へとあてがわれ。そのまま叩きたいのかよと、ついつい剣呑な声を出しかかったところが、

 「何でこんなに冷えてんだ?」
 「あ?」

 くうが早くお迎えに行こうって急かしたからな。馬鹿、お前は俺が出て来る気配くらい判んだろうがよ。
「何でぎりぎりまで中にいなかった。」
 牛車の中とて、それほど機密性がある訳じゃあないが、それでも、地面からの高さもあるし風よけにはなるはずだ。
「ああもう、こんな冷やして。」
「ば…っ、こら、やめろって。」
 くうを抱えてその腹を顔へと押し付けて、早く暖まれと…気遣っているのか嫌がらせなのか、ちょいと判りにくい対処を取る術師殿。

 “そんな冷たいんじゃ触れねぇだろが。”

 判ってんのかよ、この鈍感トカゲがよと、こっそりながらも甘い悪態をついた術師殿であり。おやおや、気掛かりがあっても揺るがないみたいですねぇ、そっちの感情は。

 「? おやかま様?」
 「なんだ?」
 「ここ、ドキドキ?」
 「〜〜〜。///////
 「あ〜? 此処って何処だ? 見えねぇぞ?」
 「見んでいいっ!」

 こんな人たちなんですもの。どんな波乱がやって来ようと、難無く一蹴出来ちゃうに違いない。さても短き、如月の暦。早よう去れよと間近き春を待つ…。





  〜どさくさ どっとはらい〜 07.2.9.

  *くうちゃんの謎、一体いつ明かそうかと、
   こっちもドキドキしておりますvv

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